「我々は、楽観している」。タンザニアのキクウェテ大統領の自信に満ちた大きな笑顔が印象的でした。2013年6 月1~3 日に横浜で開かれたTICAD(アフリカ開発会議)。関連イベントの会場からお見送りした際に、大統領が主催者代表の私におっしゃった「でも、80 年代はそうとは言えなかった」からは過去の試練も窺えました。5 年に一度首脳級会合や関連行事が催されるTICAD の初回は1993 年。アフリカの厳しい時代に応えるために、自国のバブル経済が崩壊する最中での日本政府の英断であり、キクウェテ大統領の心境の変化に日本が影響を及ぼしたことは間違いないでしょう。ただ、「今まで日本はタンザニアの開発援助を支援してくれたので、そろそろ投資の実りでお返ししたいね」という同国のビジネスマンから聞いた話に時代潮流の変化を感じます。今回のTICAD のキーワードになる「援助から投資へ」の時代です。
また、エチオピアのハイレマリアム首相は企業経営者との面談で、「我々は貧困からくる恥の感情を打破するマインドセットが不可欠」と意を決しました。人口8660 万人のエチオピアはベトナム(8880 万人)やドイツ(8030 万人)に匹敵しますが、一人当たりのGDP はおよそUS$1200(2012 年)に過ぎません。しかし実質GDP 成長率は7%強で、GDP のおよそ半分が雇用者の約85%を占める農業であり、この分野の成長に寄せる首相の期待は高いです。「農家が自給自足に満足するだけではなく、農業生産技術を導入し商業化を促進させる」というビジョンを共有してくださいました。援助金とセットに労働者も大量に送り込んで現地の雇用の機会を奪うのではなく、資金と生産技術の専門性を現地にオンハンズで移転することによって投資効果を高め、現地の雇用創出などを通じて築くパートナーシップがアフリカにおける日本の関係の特徴になるべきです。エチオピアでは水力発電が増強されているようで、更に円借款を通じて地熱発電所の整備にも首相は意欲的で、ここにも日本の技術力が発揮できるはずです。
また、キクウェテ大統領、ハイレマリアム首相、2011 年にノーベル平和賞を受賞したリベリアのサーリーフ大統領から伺った共通のメッセージは、今まで日本政府が「世界基金」(The Global Fund)を支えてくれたことへの感謝と、これからの更なるコミットメントへの大きな期待でした。世界基金とは、2000 年に日本が議長を務めた九州沖縄サミットのG8 首脳の提言を受けて、途上国の経済成長を阻害する三大感染症(エイズ、結核、マラリア)を封じ込める目的で2002 年に設立された国際金融機関です。ほとんどの日本人に認識されていないことが残念ですが、途上国の発展を妨げる三大感染症の発症の減少や治療の増強に多大なる成果を出している国際保健イノベーションである世界基金の生みの親は日本なのです。
世界基金がアフリカなど途上国に資金を供与する際に、自らassistance「援助」という言葉ではなく、investment「投資」という言葉を使います。アフリカなど途上国の人々の健康という経済社会の基盤を彼らのパートナーとして共に築く投資であり、まさに、今回のTICAD のキーワードになった「援助から投資」に応えている活動です。しかし投資ならば、リターン(結果)が求められることが当然で、世界基金は自身と供与先の運営の高いレベルの透明性・ガバナンスを目指し、成果の情報開示を要求します。
世界基金の配分の55%を占めるアフリカでは資金を供与するプログラムを通じて2012 年末まで累計2900 万人のマラリア患者が治療を受けました。結核では過去10 年間で1250 万人が治療を受け、また、世界基金が2003 年に設立される前には、アフリカで抗レトロウイルス治療を受けているエイズ患者はわずか5 万人でしたが、世界基金ほかパートナーの支援の結果、現在では600 万人以上に増えて、過去6 年間でエイズ関連死亡者数は3 分の1 減少しました。また、タンザニアを例にとると、マラリア対策が功を奏し5歳未満児死亡率(あらゆる原因による)は、1000 人あたり148 人(1999 年)から81 人(2010 年)へと半減しています。三大感染症は、子供、生殖期の母親、生産性が高い若者という途上国の未来を担う次世代を中心に攻撃するからこそ、途上国の経済社会の発展には三大感染症を抑え込むことが不可欠なのです。
世界基金に寄せられた主要ドナー国による拠出額は米国、フランスに次いで日本が三位の時代もありましたが、2012 年末ではイギリスとドイツに追い抜かれて5位に後退し、このままでは欧州委員会とカナダを下回って順位を7位まで落とす可能性があるようです。日本の最悪な財政状況では、途上国へ拠出する財源が乏しいことは周知の事実ですが、厳しい財政はG8 の先進国が共通している問題です。では、なぜ他の国のために自分たちの大切な財源を使わなければならないのか。理由は、「いま、我々は歴史的な瞬間にいる」と世界基金のマーク・ダイブル事務局長は明確に解を示します。感染症学の分析によれば、ある程度まで発生を抑え込むことができれば現在の(安い)治療法で封じ込めることができるそうです。ただ、そのステージに達する前で手を緩めると感染症は再度自然に広まってしまい、いままでの投資が水の泡になる恐れがあるようです。財政投入を現状維持に使えば弊害が増す一方ですが、未来への長期投資という持続性には財政は大切な資源であるからこそ活用すべきです。
国際保健の財源のイノベーションとして、三大感染症の新薬を市場化する国際機関であるUNITAID の財源の半分を調達する、solidarity levy(連帯税)というフランスが主導して導入した出国便の航空券に課せられる小額税が参考になります。日本から世界へと飛び立つ旅客に国際保健の財源に貢献してもらうことは理に適いますし、航空券運賃に小額が加算されてもさほど気になりません。日系と外資系の航空会社で日本から出国する旅客の総数は、私の粗い計算では年間2000 万人という推測になりますが、仮にエコノミー、ビジネス、ファーストクラスの航空券から平均的に1000 円の連帯税が加算されれば、200 億円の資源がねん出できます。
これで、全ての日本政府の国際保健の活動を賄えることはできませんが、新たな財源として精査する余地はありそうです。