味の素の挑戦
~マルチ・ステークホルダー 連携による途上国母子栄養改善ビジネスの確立
【ゲストスピーカー】
取出 恭彦氏(味の素株式会社 研究開発企画部 シニアマネージャー)
【モデレーター】
渋澤 健氏(コモンズ投信株式会社 会長、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社 代表)
グローバル・エンゲージメントについて様々な有識者をお招きしてお話をうかがう「グローバル・エンゲージメント・イニシアチブGEI 有志会」。第4回では、味の素株式会社研究開発企画部のシニアマネージャーで、ガーナでのASVプロジェクトをリードしている取出恭彦様に講演していただきました。お話の要約をご紹介いたします。
■味の素版CSV「ASV」制定の経緯
味の素は、1909年に「健康な生活への貢献」の志を掲げた池田菊苗氏と鈴木三郎助氏によって創業されました。池田氏は留学したときに、海外の人と比べて日本人がいかに小さいかに衝撃を受け、日本人の栄養が足りないことを痛感したそうです。そこで、「うま味を通じて粗食をおいしくし、国民の栄養を改善する」ことを企業の目標として掲げました。
その100年後の2009年に、味の素は改めて企業のミッションを見直しました。そして、味の素ならではの社会への貢献の在り方を模索した結果、味の素版CSVともいえるASV (Ajinomoto Group Shared Value)が生まれ、「おいしく栄養を摂ることを通じて、世界各地の健康な社会に貢献する」を企業目標として再設定しました。
そのことを取出氏は、「それまでは、『調味料でおいしくする。その結果、栄養にも貢献する』と言っていたのが、よりダイレクトに『栄養に貢献する』ことに会社がかじ舵を切っていった」と強調されました。そして、「栄養に貢献する」方法として、「単なる寄付では続かないので、栄養を切り口に社会課題解決につながる持続可能なビジネスを構築しようということになった」(取出氏)のです。
世界的にも栄養改善の取組みや社会問題に対する官民連携が活発化していたこともASV制定の追い風となりました。国連SDGsに定められた17の目標のうち、2番目の目標の「飢餓の撲滅―飢餓を終わらせ、栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進」が、ASVの取組みとまさに合致する部分です。この目標はさらに6つに細分化されていて、2-1が低身長の減少(現在より40%減)、2-2が貧血の減少(現在より50%減)となっています。これらの課題解決に味の素の持つアミノ酸技術の強みが活かせるということで、ターゲットが絞られました。
出所:国連広報センター
■乳幼児向け栄養剤KOKOプラスの誕生
ASVに基づくソーシャルビジネスはまずガーナで立ち上がりました。ガーナでは2歳の子供の約3割が低身長であり、その原因は、生後6か月から24か月の乳児に与える離乳食がトウモロコシに砂糖を入れて煮るだけのおかゆで栄養が不足していることにありました。そして、それが身長と共に知能や免疫の発達に悪影響を与えていると考えられていました。
そこで、KOKOと呼ばれるこの伝統的離乳食に、大豆やリジン(アミノ酸)、ビタミン、ミネラルなどを含むサプリメントを砂糖の代わりに入れてもらうことで、子供の1日分に必要な栄養素を供給するKOKO Plusという製品が生まれました。
これをソーシャルビジネスとして構築するために必要なイノベーションとして次のことを取出氏は挙げました。
1. 地元のニーズにあった製品の開発
(ア) Affordable(貧困層でも購入可能―KOKO Plusは1袋10円)
(イ) Acceptable(伝統的食文化の尊重―KOKOというガーナの食事をベースとする)
(ウ) Aspirational(購入することを誇りに思えること-貧困層だから安ければよいということではない。母として子供のために投資する誇りを感じてもらう)
2. 需要喚起の為の行動変容の手法確立
(ア) 地元政府機関等との協働による栄養教育
(イ) ソーシャルマーケティングを専門とする組織の活用
3. 革新的な流通方法(Last Mile Delivery)の確立
(ア) 訪問販売する女性販売員のネットワーク化
■鍵はマルチ・ステークホルダー連携
このようなソーシャルビジネスを確立するには、味の素のような大企業といえども一企業だけでやるのは無理であり多方面のステークホルダーと連携する重要性を取出氏は力説しました。地元の政府や大学との連携はもちろんのこと、味の素にとってそれまであまり経験のなかった国際NGO、NPOとの連携も欠かせませんでした。というのも、よそ者の企業がいきなりコミュニティの中に入ろうとしても受け入れられないので、長年その地域で活動しているNGOやNPOに介在してもらう必要があるのです。
また、砂糖の代わりに従来の食事に栄養サプリメントを入れるという行動変容を引き起こすために、ソーシャルマーケティングを専門とする南アフリカの企業を登用しました。さらに、JICAやUSAID といった国内外の援助機関とも連携しています。
特筆すべきことは、味の素が現地の食品企業と組み、KOKO Plusの生産体制を確立しているということです。味の素の食品エンジニアが現地に滞在し、食品製造における基本的な品質管理の方法などのノウハウの移転も行っています。これは、「味の素のエンジニアにとって、ゼロから作り上げていくという貴重な体験ができて、彼らが大きく成長した」(取出氏)と思わぬ副次効果をもたらしたようです。
■本格展開に向けて挑戦は続く
2012年から2015年にかけて行われたパイロットプロジェクトでは、試験の結果、KOKO Plusが離乳期の子供の栄養改善(低身長、貧血の予防)に効果があることが実証されました。
また、NGOがサポートしている北部貧困地域では高い製品認知率、使用経験率、継続使用率が報告されている一方、南部都市部では継続使用率が低いといった課題も見えてきているそうです。
そこで今後は、新たなるNGOやWFP、世銀などさらに連携するステークホルダーを増やし、販売エリア、ターゲットする乳幼児の数および使用頻度の拡大を図っていく計画だということです。さらには、中長期的には他国への横展開を視野に入れるなど、まだまだ味の素の挑戦は続いていきます。
<編集後記>
取出氏の発表に続いて大変活発な質疑応答がなされました。ネスレなどの欧米企業との比較、USAIDとの関係、過剰栄養問題、離乳食を取り扱う難しさ、社内組織体制、経営陣の理解、ブランディング、ロジスティクス、採算を合わせてとる手法、他の日本企業との連携可能性、ASVの定量的指標など、どの質問もとても興味深いもので、聴衆の関心の高さを物語っていました。
このグローバル・エンゲージメント・イニシアチブGEI第4回有志会は2016年8月3日に開催されましたが、8月27,28日にケニアにて開催予定の第6回TICAD(アフリカ開発会議)に取出さんは登壇し、アフリカでの官民連携の事例として本プロジェクトを紹介されるのだそうです。
世界的に注目されるこのプロジェクトを実際に率いている方から詳細なお話を伺えたことはとても有意義でした。