「論語と算盤とSDGs」 渋澤健(シブサワ・アンド・カンパニ―)

shibusawa_o渋沢栄一の「論語と算盤」が密かに空前のブームとなっています。私が主宰している「論語と算盤」経営塾は5月から第九期生を迎えますが、通常は年初から募集し始めると3~4月ぐらいに定員を満たすところ、今回は年初から僅か数週間で定員オーバーとなり募集を締め切りました。第八期と同様に遠方から通っていただく塾生にも恵まれ、広島、北海道、(そして、タイ!)などからもご応募いただきました。半分が女性です。

また、顧客との関係づくりを深めたい、所属の垣根を越えて同じ方向性を共有しているメンバー同士の意識を高めたい等、「論語と算盤」経営塾の活用に期待する複数のご要望もいただいています。関心は国内に留まらず、今月の下旬には渋沢栄一の思想について外国人学者らが数年間かけて研究した成果を英文の本として出版する記念に、ハーバード・ビジネス・スクールで「Stakeholder Capitalism in Turbulent Times」というフォーラムが開催されます。

この時代に、栄一の思想の何かが世の中から求められているのでしょう。

渋沢栄一は、およそ500の会社および600ほどの教育・福祉など社会的事業の設立に関与することで日本の近代化に尽力した明治・大正時代の実業家でした。「論語と算盤」(道徳経済合一説)は栄一のトレードマークですが、これは単に倫理的資本主義の教えの次元を超えていると私は考えます。

私が思うに「論語と算盤」とは、今の言葉で表現すれば、持続性-サステナビリティ-の要です。

算盤勘定ができなければ当然ながら持続性はありえません。しかしながら、算盤だけに達者で周囲に関心を向けなければつまずいてしまうかもしれません。一方で論語読みで「商売やお金儲けなど卑しい行為に関心ない」という否定だけでは変化する世の中で新しいことが何も始まらず、この状態でも持続性は乏しいです。

しかしながらそもそもどのように「論語」と「算盤」という異なる概念を合わせるのか。「算盤か論語か、どちらかが先でしょう」と片付けてしまうのが一般的な反応です。ただ、一見、矛盾があっても視点の角度を変える。押したり引いたりする。そのうちに、フィットする瞬間があるかもしれない。それはそれまで存在していなかったものの誕生につながります。

「論語と算盤」とは、イマジネーションの想像力をつかったクリエーションの創造力、持続的な価値創造のために不可欠な「と」の力の象徴です。

経営者の仕事は、現在と未来をつなげることです。しかし、現在は確実である一方、未来は常に不確実性ばかりです。確実を不確実とつなげるという矛盾に応えることが経営者に求められている役目です。

ただ、経営者が一人で企業価値を高めることはできません。当然、従業員は必要ですし、顧客、取引先、株主、社会など様々なステークホルダーも必要です。そして、各ステークホルダーはそれぞれ異なる要求を経営者に求めます。顧客は値段を下げてほしい、従業員は給料を上げてほしい、株主は株価を上げてほしい。まさに矛盾だらけです。しかしながら、その矛盾に対して、経営者はステークホルダーたちを切り捨てることはできません。それらの矛盾を上手にすり合わせて企業価値を創造していくのが経営者の仕事です。

「論語と算盤」が唱える「と」の力とは、まさに経営力そのものです。

そして、昨今の世の中の動きを見ると、持続性のためにはインクルージョン(包括性)という概念も重要であることを痛切に感じます。

ポピュリズムによる一国主義が世界的に広まっている現象は、国家の超緩和金融政策に頼るだけでは経済社会の格差や分断を埋めることができなかったという現実の証です。また、安易に財政政策への舵を大きく切ることは莫大な借金を未来世代に押し付けることになり、現世代の成長の「先食い」により、まだこの世に誕生していない未来世代との格差を広めてしまいます。インクルーシブな持続性への意識を高めることは、世界で待ったなしです。

その観点から、2015年に開催された「国連持続可能な開発サミット」で掲げられた2030年までの「持続可能な開発目標(SDGs)」について、世の中の関心と意識を高めることは重要です。

SDGsは、2000年から2015年まで適用されたMDGs(ミレニアム開発目標)とは異なり、先進国が途上国を援助する開発目標ではなく、先進国自身も含む持続的な経済開発の目標です。MDGsのように専門家の行動目標ではなく、SDGsは全ての人々の成果目標です。政府だけに持続性という世界的課題を任せるのではなく、民間も意識的に取り組むべき共創です。

MDGsは8つの目標にまとまっていましたが、SDGsでは全部で17の目標と169のターゲットです。大企業であっても、中小企業であっても、一個人であっても、SDGsに取り組むことができる莫大なメニューです。

コモンズ投信は、長期的に企業の持続的価値創造に投資するコモンズ30ファンドの投資先企業にお呼びかけして、各社のSDGsへの取り組みを共有する研究会を今月初に設けました。SDGsに取り組むことは企業価値の向上につながる。そして、企業価値の向上は、従業員、社会、株主、、そして、株価のメリットにつながる。このような「と」の力で、矛盾の中から新しい価値を共に創れるのです