投資家と投資先との対話はどう行われるか
黒田:日本に多いエンゲージメント型では、対話することが重視されるわけだが、実態としてどれほど意味ある対話ができているものだろうか。企業の経営者からは「若いアナリストがやってきて対応するのがめんどうくさい」という声が聞こえてくることがある。あるいは、軽くお話して終わりということもあるのか。それとも投資家と企業の対話は進化してきていると考えてよいのか。
井口:渋澤さんもおっしゃっていたが、ポイントは経営者と目線を合わすことである。経営者が考えているのは、長期的に企業の利益をあげ、従業員に幸せになってもらうことである。企業からの投資家側への不満として、以前は、「四半期の業績のことしか聞かない」というのがよく聞かれたが、最近、多いのは、「形式的なESG項目のことを聞いてくる」といったことである。
対話するときにいきなり「環境方針はありますか」などと聞いても、それでは対話にならない。6,7年前の失敗談だが、あるエネルギー会社の役員と話しているときに、「まもなくパリ合意が成立するがどうするか」と聞いたら、「政府からの指令が出るのを待つ」と答えられ、その時点で対話が途切れてしまった。投資家がESGを語るときに大事なことは、いかに中長期の企業価値に関わるかという視点で話すことである。それで経営者と目線が合ってくる。形式的に、「ESGのこの項目が御社は低いです」のようなことを言っても、相手にされない。
渋澤:たとえば、某大手企業の経営者と投資家とのCSR対談会でフードロスのことについて問いかけた。フードロス問題に正しい一つの答えがあるわけではないが、投資家が企業の持続的な価値創造の観点から経営者に問いかけることにESG投資の意義があると考える。
黒田:ところで、非財務情報イコールESG情報では必ずしもない。中長期の企業価値向上には非財務情報が大事で、その一部にESG情報があると思うのだが、どのような非財務情報を重視するか。
井口:経産省の伊藤レポート2.0の委員会の委員をやっていた時に、同じ質問を受けたことがある。そのときに、「非財務情報はESG情報でほとんどはカバーできる」と答えたことがある。ESGをどう定義するかにもよるが、E(環境)は外部要因的である一方、企業活動の内部要因の多くはSとGでほぼカバーされるのではと考えている。
黒田:井口さんは先ほど、ESGの中でSが大事とおっしゃった。自分がこれまでよく聞いていたのは、環境系(E)は日本企業が以前から取り組んできたことであり、ガバナンス(G)はこれまで手薄だったので、今、急速に取組みが進んできている。社会(S)は軽視されてきた印象があった。Sが大事という点について、もう少し詳しくお話願いたい。
井口:Sは大事であると同時に一番難しい部分でもある。Gなら経営戦略の有無、経営陣へのモニタリングの適切さ、取締役会の構成など、調べるとわかるようなことが多い。Sには、企業風土なども含まれるため、企業の中に入り込まないと捉えづらい。
世界にはソーシャルライセンスという言葉がある。企業活動を社会から許容されることを意味する。そもそも、なぜ企業があるのか。それは何らかの社会のニーズがあり、その解決のために、起業家が事業を起こす。それがうまく適合すると、どんどん企業が大きくなる。すでにエスタブリッシュされた企業でも、社会とのベクトルが合っていて、社会のニーズに応えられるビジネスモデルになっているかが問われる。
また、海外はトップダウン的経営であるのに対し、日本の経営者は従業員への配慮をする傾向にある。従業員を巻き込んでやる気にさせることを重視する。それも、Sの一面である。実際にそれができている会社は、中長期的に業績は伸びるので、投資家にとっても儲かる企業となる。
黒田:コモンズ投信では、どんな非財務情報に注目するのか。
渋澤:コモンズ投信では、「見える価値」と「見えない価値」に分けている。見える価値は数値化できる、つまり財務的価値である。一方、非財務的価値が見えない価値だ。氷山に例えると、見える価値とは、海面の上に出ている氷山の一角。一方、氷山のほとんどの部分は、海面の下にあり、見えない。
見えない価値の種類には色々あるが、それを一言で表せば、「ひと」ということではないか。どの会社でも、「我が社の最大の財産は『ひと』だ」と言っている。しかし、バランスシートの資産側に、「ひと」は載っているか?面影すらない。「ひと」のことは、損益計算書に「人件費」として載っている。人件費を削れば、利益が上がる。見える価値、すなわち財務価値だけ見ていると、「ひと」という資産を削り取れば企業価値が高まるという妙な答えになってしまう。
ところで、数年前、企業のIR担当者たちが「ESGというが、投資家はGのことしか聞いてこない」とよく言っていた。実際、数年前に、欧州の最大手級年金基金のESG担当の方と日本企業を何社か一緒にまわったことがあった。その担当者も「重視するのはG」と言っていた。なぜかと問うと、「Gがちゃんとしていないと、EもSもできない」と答え、それはそのとおりだとは思った。
ただし、株主がいつも正しくて全てをわかっているということではない。本当のGとは、株主だけでなく、従業員、顧客、取引先、社会などもっと広いステークホルダーにとってのGも含まれるべきだと考える。したがって、対話力があるかどうかが、Gが機能しているかの1つの判断基準になると我々は考えている。
Sが高い会社は、インナーコミュニケーションがなされていて、「我が社はイケている」と従業員が感じ、モチベーションが高まっているということではないか。
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