企業にとっての社会課題、社会的インパクトとは
黒田:渋澤さんが、社会へのインパクトを測るのが難しいとおっしゃったが、社会的インパクトについて日本企業は打ち出していないように思う。経営戦略の中にも描かれていない。一方、たとえば、ユニリーバは、経営戦略の中に10億人の貧困を減らすという目標を掲げている。そういう目標はNGOにとっては大事でも、投資家にとっては大事ではないのか
渋澤:それは、投資家によるだろう。自分は大事と思っている。社会的インパクトは答がない議論になるからとても面白い。経済産業省の健康経営基準検討委員会の委員を初年から務めていて、今年で6年目になる。6年もやっているので、もう議論はこなれていそうなものだが、今年も議論が尽きない。例えば、投資家としては、健康経営の取組みのアウトカムの数年間の推移を検証して、それがどう企業価値につながるかを考えたい。しかし、健康関係の専門家の方からは、「アウトカムが良くなっていたとしても、それは病気の人などの弱者を排除することで好ましくない」という意見が出てくる。社会インパクト系は、見る人の目線によって、数字の重要性が変わったり、数字の出し方が変わったりする。
井口:そこは、一番面白いところであり、一番難しいところだ。配布資料の中で、社会的に重要な課題と投資家に重要な課題をマトリックスで図式化している頁がある。社会にとって重要ではなくても、投資家にとって重要なことはある。社会にとって重要であり、かつ、企業の長期的利益すなわち投資家にとっても重要なこともある。この象限が、今、すごく非常に大きくなってきている。先ほどの例の「10億人の貧困削減」という課題は、昔であれば、「それは政府の仕事で投資家には関係ない」と返すところであったが、そういうことも言えない時代になってきた。
先日、イタリアで、ある投資家向けの会議に参加したとき、ある人から「(今、欧州で大きな社会問題となっている)移民の問題について、投資家はどうする」という問いかけがあった。「それは政府の仕事であり、投資家には関係ない」と答える人が多くいたが、何名かは「いや、それは投資家にとっても重要なことだ」と主張した。実際、移民のために翻訳機を開発し提供した企業がある。移民のコミュニケーションを助けることを目的として始めたプロジェクトだったが、そのプロジェクト担当者がやりがいを感じ、様々な開発を成功させ、企業に利益をもたらしたという。つまり、「移民問題は関係ない」と答えた投資家は、利益の機会を見出し損ねたということである。
ただし、社会課題なら何でも投資に結びつけられるかといえば、そうではない。どこにバウンダリーを引くのかは極めて難しい。どう重要性を抽出するか、どう社会価値と企業価値を結びつけるのかを見極めることが難しく、かつ、とても大事なことになってきている。こうしたことは、ブランド価値や企業価値、あるいは株価に影響するようになったからだ。投資家が見るべき範囲がものすごく広まっているといえよう。
この後、会場から次のような質問や意見が投げかけられました。パネリストによる回答は、ここでは省略させていただきます。
- アナリストがいくらリサーチしたとしても、最終的に運用担当者がある会社の株を売るか持ち続けるかの判断につながらなければ、「ただ調べているだけ」に過ぎないことになる。ある企業に対し、「アナリストの調査結果を活用し、企業にエンゲージしてみたが、だめだ、売ろう」となることは、実際に起こりうるのか?
- 今、インデックス投資のほうがかなり増えている、インデックス投資家が企業にエンゲージする意味はあるのか?企業にエンゲージすればするほど、インデックスから乖離していってしまうのではないか?
- 10年くらいに渡って業績がずっとよい企業にはオーナー系企業だったり、カリスマ経営者が長期政権を敷いていたりする企業が多い。そういう企業はガバナンスが効いていなっかたり、後継者不在だったりする。そういう企業をどう評価するか?
- ESG評価では定量化できないものをしようとするのは難しいという話があった。評価するときのデータのソースは、統合報告書とインタビューに限られるのか?「他にこういうデータソースがあればよい」ということがあれば教えてほしい。
- ESG評価機関がある企業に高いESGスコアをつけていた場合、それは潜在能力が数値化されているのですでに株価に織り込まれていることにならないか。つまり、ESGスコアが高い企業を買うことはパフォーマンスにつながるものなのか?
- 発行体としては、専門のコンサルにお金を払ってまでしてESG評価機関対策をしているのだが、機関投資家はESG評価機関のスコアを重視しないものなのか?
- 社会的重要度が高い課題に対し、その課題が企業にとって重要かどうかについて、投資家と企業で議論が分かれる場合があるが、どう考えるか?
- 「ESG投資で世の中は良くなるか」という投げかけが案内資料にあった。投資家は基本的に長期的・安定的にリターンを良くすることを目的としていて、世の中を良くすることがファンドマネジャーの成績につながるようなフィー・ストラクチャーには現在はなっていないと思う。社会的重要度が高い課題に企業が取り組むように投資家が働きかけるために、アナリストなりファンドマネジャーなりへの評価体系はどうすればよいだろうか?というのも、発行体である大企業の社長などから、「ESGの話をしたいと機関投資家がよく来るが、チェックリストをもってきてチェックするだけで、本当の意味でエンゲージしてくるところは少ない」という話を聞くので、気になった。
- サプライチェーンマネジメントはESGに関わってくることだが、どのように、評価の中で位置づけされているか教えていただきたい。
- 企業との対話が大事であることを強調されていたが、発行体が伝えたいことと投資家側が聞きたいことは一致しないもので、対話というより、投資家側が相手の言いたくないことを引き出していく感じになるのではないかと思っていた。実際、対話はどんな風に行われているのか教えていただきたい。
- 健康経営の話にあったように、良いとされるアウトカムは、時と共にどんどん変わっていくものだと思う。チェックリストや指標は、どういう風にメンテナンスされているのか、どのような頻度で見直されているものなのか。「良い」とされることは、思想や価値観と結びついているものだと思う。
- ESGとSDGsの関係をどう整理されているか。ESGと社会的インパクトをどう整理しているか、全体をまとめる形でお話いただきたい。