「次世代リーダーの大志を人事部がつぶす?」渋澤健(シブサワ・アンド・カンパニー )

「『キミは、CSR部に配属される訳ではないから』って言われちゃったんですよ!」と目を見開いて、女子大生のAさんは現在の就職活動の現状を教えてくれました。笑顔が絶えないAさんですが、日本企業の「大人の事情」にショックを受けたことは表情から隠せませんでした。

所属するトップ校に設けられた特別カリキュラムの留学制度を通じて1年の海外経験を経たAさんは、帰国してから就職活動に挑みました。もともと持っていた素質の影響は大きいでしょうが、海外留学によって世の中への視野が広がったことは間違いありません。利益を上げることと同時に社会的責任も表現できる仕事に就きたいという希望を抱いたAさんは、就職先候補の企業理念や社会的責任への取り組みをウェブサイトなどで研究して面接に向かいました。

しかし、就職活動で訪問する二次、三次、場合によっては役員面接でも、Aさんが接した大人たちが発する言葉に耳を疑いました。
「キミの夢は大きすぎるから、ウチでは実現できない。」
「キミはパブリック・セクターの仕事の方が合っている。」
望んでいる働き方を意思表明したところ、このような冷めた反応しか戻ってこなかった日本企業の実態にAさんは違和感を覚えました。世界で事業展開し、「イノベーション」を掲げる某大企業もその中に入っていました。会社がサイトで言っていることと、新卒採用という会社の重要な場面で言っていることが異なっていることを、当社の役職員はどのように受け止めているでしょうか。

結局、Aさんは北欧系企業の東京支社への就職を決定しました。企業理念や社会的責任はウェブサイトに掲げてあるスローガンだけではなく、Aさんが接した役職員からも感じる取ることができたからと推測できます。Aさんにとっては良い結果となり、自身の良心に従う賢明なキャリアの進路を選んだことをうれしく思います。Aさんはこれから様々な経験を積み、活躍する世界をますます広めて発展することに違いない、未来を担う若手です。

しかしながら、仕事を通じて社会的意義を表現したいと希望する若者に対して、「夢が大きすぎる」、「パブリック」あるいは「CSR部」など、まるで会社の本業からかけ離れた存在という卑屈な言葉を発する役職員を人事採用の担当に置く企業にハッピーエンドはあるのでしょうか。少なくとも、長期投資家としては決してお付き合いしたくない会社です。

経済同友会などで経営トップと交わす意見交換では、会社が必要とする人材について意識が明らかに変わっていることを感じます。新卒であっても色々な経験を積むことに積極的で、これからの時代変革を担うグローバル人材を採用したいという声が聞こえてきます。
そして、全体の一部かもしれませんが、そのような期待に応えられる若者たちも育っています。

ところが、そのような未来志向を持つ経営者が指揮を執る大企業でさえ、人事採用の慣習は依然として過去の高度成長時代の一括採用に留まっていることは極めて残念です。粒ぞろいの新卒の「教育」は会社が行い、会社に適用する人材をつくる。このような育成スタイルは、背景に高度成長があったときには効果的だったかもしれないです。しかしそんな人事制度・慣習を未だに抱える企業が、本当にグローバル社会で価値創造を持続できるか甚だ疑問です。

働き方改革と政府が訴えても、その働き方が過去の成功体験に留まっているようであれば真の改革にはつながりません。これからの時代において企業は「共感」を呼ばなければ、優秀な社員の採用に恵まれません。ただ寄ってきた社員には長所・短所、得意・不得意などの多様性があります。それぞれの特長を尊重し、不足しているところを補う「共助」の精神が重要です。「共感」「共助」により、「共創」する場を与えるのが会社の役目だと思います。

「キャリア・アップ」とは昇進・出世と思いがちです。本当は自分が働きたいことに精力を注いでいるのではなく、「会社のため」に時間、精神力、体力を費やして働かされている代償がキャリア・アップ。もしかすると、これが従来の会社とのワークライフかもしれません。

しかしながら、これからの時代のキャリア・アップには異なる姿が現れています。今月上旬に開催したコモンズ女性活躍セミナーでスピーカーにお招きした資生堂の執行役員の副島三記子さんに教えていただきました。社会に役立つこと、自身と存在意義、自身の成長、次世代へのロールモデルとなる。つまり、「やりがい向上」が真なるキャリア・アップなのです。
(シブサワ・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役 渋澤 健)